2023 © Maxim Tabachnik
古代ラティウムとその周辺地域
この地図とパネルは、ティベリス川南部を中心とするラティウムを、エトルリアおよびカンパニアとの関係の中で位置づけています。紀元前8世紀、ラティウムは外部勢力によって大きな変化を経験しました。北からのエトルリア人の進出と、南からのギリシア人の植民活動であり、とくにイシキア(紀元前約750年)とクマエ(紀元前約730年)が重要な拠点となりました。
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